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仙台高等裁判所 平成8年(ネ)308号 判決

控訴人 片桐久

他15名

右一六名訴訟代理人弁護士 青木正芳

同 髙橋治

同 増田祥

同 武田貴志

被控訴人 仙台市

右代表者市長 藤井黎

右訴訟代理人弁護士 渡邊大司

同 阿部長

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二1  被控訴人は、控訴人片桐久に対し、金三四九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年九月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人は、控訴人大久保すゐに対し金一一一万九〇〇〇円、同大久保吉記、同佐藤節子、同大久保浩二、同畠山かず子、同三浦俊雄に対し各金二二万三八〇〇円及びそれぞれ右各金員に対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人新野勝之に対し、金三一〇万円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は、控訴人伊藤信に対し、金二八四万六〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人は、控訴人伊藤昭志に対し、金三一九万八〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人は、控訴人石井松子に対し金一〇九万一五〇〇円、同今野喜子、同石井清子、同石井久子、同石井健蔵に対し各金二七万二八七五円及びそれぞれ右各金員に対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

7  被控訴人は、控訴人小田島善七に対し、金三九二万四〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを九分し、その五を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2(一)  被控訴人は、控訴人片桐久に対し、金七二五万円及びこれに対する昭和五四年七月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人は、控訴人大久保すゐに対し金二七三万円、同大久保吉記、同佐藤節子、同大久保浩二、同畠山かず子、同三浦俊雄に対し各金五四万六〇〇〇円及びそれぞれ右各金員に対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

(三) 被控訴人は、控訴人新野勝之に対し、金六三三万円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 被控訴人は、控訴人伊藤信に対し、金六一三万円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(五) 被控訴人は、控訴人伊藤昭志に対し、金六一五万円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(六) 被控訴人は、控訴人石井松子に対し金三四四万円、同今野喜子、同石井清子、同石井久子、同石井健蔵に対し各金八六万円及びそれぞれ右各金員に対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

(七) 被控訴人は、控訴人小田島善七に対し、金六九三万円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決、並びに2について仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人により造成、分譲された仙台市宮城野区鶴ヶ谷所在の鶴ヶ谷団地内の分譲宅地をそれぞれ購入した原審における原告ら八名が昭和五三年六月一二日に発生した宮城県沖地震(以下「本件地震」という。)により右各宅地(以下「本件各宅地」という。)に亀裂、地盤沈下等が生じて宅地及び居宅に損害が生じたとして、被控訴人に対し、売主の瑕疵担保責任に基づいて、それぞれ宅地の価格減少分及び建物修補費用等の損害の賠償を求めて提訴したところ、原審は、本件各宅地の耐震性について、経験的に発生が予測された震度五程度の地震には耐え得る強度を有していたのに対し、鶴ヶ谷団地等の一定地域の本件地震の強さはその発生が経験的に予測されない震度六程度のものであり、当時、震度六程度の地震に対する耐震性を具備する宅地の造成を目的とする地盤条件の調査及びその結果に基づく工法についての基準又は一般的な経験則が存在しなかったことなどを理由として、本件各宅地に瑕疵があるとは認められないとして、原審原告ら八名の請求をいずれも棄却したので、原審における原告らのうち、亡大久保貫一及び亡石井清の各相続人ら及びその余の原審における原告ら五名(同鈴木徳郎を除く)が控訴した事案である。

一  前提となる事実

1  被控訴人による鶴ヶ谷団地の造成、分譲

被控訴人は、宅地造成等規制法(昭和三六年法律第一九一号)による宮城県知事の許可を受けて、昭和四二年(一九六七年)五月二五日、鶴ヶ谷団地の宅地造成工事(以下「本件造成工事」という。)に着手し、昭和四五年一〇月一五日に同工事を完了させ、この前後数次にわたり、鶴ヶ谷団地内の分譲宅地を販売した(《証拠省略》)。

2  鶴ヶ谷団地内の分譲宅地の売買

(一) 控訴人片桐久は、昭和四四年一〇月二日、被控訴人から仙台市宮城野区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二七四・七四平方メートルを代金一三四万六二二六円で買い受けた。

(二) 亡大久保貫一は、昭和四四年九月二七日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二五二・七七平方メートルを代金一二八万九一二七円で買い受けた。

(三) 控訴人新野勝之は、昭和四六年二月五日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地三一一・九〇平方メートルを代金二一五万三九二一円で買い受けた。

(四) 控訴人伊藤信は、昭和四六年二月五日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二九四・〇一平方メートルを代金二〇一万三五〇二円で買い受けた。

(五) 控訴人伊藤昭志は、昭和四六年二月五日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二七六・四五平方メートルを代金一八九万三二〇五円で買い受けた。

(六) 亡石井清は、昭和四六年六月五日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二七九・〇一平方メートルを代金一七九万〇四四二円で買い受けた。

(七) 控訴人小田島善七は、昭和四六年六月八日、被控訴人から同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在の宅地二九七・〇四平方メートルを代金一八八万二六四一円で買い受けた。

3  相続による承継

大久保貫一は、平成八年二月二三日死亡し、同人の権利義務を控訴人大久保すゐがその一〇分の五、同大久保吉記、同佐藤節子、同大久保浩二、同畠山かず子及び同三浦俊雄がその各一〇分の一をそれぞれ相続により承継した。

石井清は、平成五年一二月七日死亡し、同人の権利義務を控訴人石井松子がその八分の四、同今野喜子、同石井清子、同石井久子及び同石井健蔵がその各八分の一をそれぞれ相続により承継した。

4  本件地震の発生

昭和五三年(一九七八年)六月一二日午後五時一四分ころ、宮城県沖の東経一四二度一〇分、北緯三八度九分の位置で深さ四〇キロメートルを震央とするマグニチュード七・四の地震が発生し、宮城県及びその近県一帯が被災した。

気象庁(仙台管区気象台)は、本件地震による仙台の震度を五(気象庁震度階による強震)と発表した。

5  民事調停の申立て

本件各宅地の前記買主らは、昭和五四年六月一一日、本件各宅地に隠れたる瑕疵があることを理由に被控訴人に対し損害賠償等を求めた民事調停の申立てを仙台簡易裁判所に対してなしたが、同調停事件は、昭和五六年八月一〇日、不成立で終了した。

二  争点及び当事者の主張

1  本件各宅地には「隠れたる瑕疵」が存在するか。

(控訴人らの主張)

(一) 鶴ヶ谷団地内の分譲宅地の販売

被控訴人は、仙台市北東部の谷が入り組んだ丘陵地帯の山頂部分を削り、削った土で谷を埋め立てて、鶴ヶ谷団地の宅地を造成した。

このため、鶴ヶ谷団地の分譲宅地は、全部切土地盤の宅地、一部切土・一部盛土地盤の宅地及び全部盛土地盤の宅地の三様となった。

被控訴人は、鶴ヶ谷団地内の分譲宅地について、道路、緑地、公園、上下水道等の公共施設はもちろん、文教、医療、購買施設等を計画的に配置し、交通機関も市営バスを団地内に循環させるなどして利便を図り、健全な市街地としての形を整え、居住環境の良好な近代的住宅地として販売し、その際、この丘陵地の宅地造成がどのようになされたとか、宅地の地盤がどのようなものかなどに関する説明や資料提供はなさず、また、宅地の価格にこれを反映することなく、地盤として同一の性質を持つ宅地として販売した。

控訴人片桐久、亡大久保貫一、控訴人新野勝之、同伊藤信、同伊藤昭志、亡石井清及び控訴人小田島善七の七名の買主(以下「本件買主ら」という。)は、本件各宅地がどの地盤上にあるのか全く知らされないまま、本件各宅地を購入し、それぞれ本件各宅地を敷地として居宅(以下「本件各居宅」という。)を建築し、居住していた。

(二) 隠れたる瑕疵の顕在化

折から、本件地震が鶴ヶ谷団地を襲い、鶴ヶ谷団地内の全部盛土地盤の宅地と一部切土・一部盛土地盤の宅地に亀裂や地盤沈下が生じ、そこを敷地とする家屋に損壊という大きな被害を生じさせた。一方、全部切土地盤の宅地については、この地震動にもほとんど影響を受けず、被害の発生はほとんどなかった。

本件各宅地については、それぞれ一ないし五箇所の亀裂、一部地盤の沈下が発生し、そこを敷地とする各居宅にも、基礎及び壁面の亀裂、接合部分の分離、柱及び壁面の歪み、床面の部分的な沈下、隆起等の被害が生じた。本件各宅地は、全部が盛土地盤に、あるいは一部切土・一部盛土地盤にある宅地であり、右の事態により、全部が切土地盤の宅地と比較して、宅地として著しく劣る性質を有していることが判明した。

(三) 本件地震の強さと本件各宅地の瑕疵との関係

仙台市周辺では気象台開設の翌年の昭和二年から昭和五二年までの五一年間に震度五の地震は五回観測されており、およそ一〇年に一回程度は震度五の地震が発生していた。その場合の震度五は、いずれも気象台が認定してきた震度であり、気象台の専門家が震度階の基準に照らして仙台地区のかなりの範囲での被害の程度を尺度として、その都度決定してきたものである。そして、本件地震についても、同じ気象台の専門家が同じ基準で、同じようにかなりの範囲の被害の程度を尺度として震度五と評価したものであり、十分に信頼性があるものである。本件地震による仙台市の旧市街における被害は、気象庁震度階五の説明にある「壁に割目が入り墓石、石どうろうが倒れたり、煙突、石垣などが破損する程度の地震」にまさに該当しており、気象庁発表の震度五は相当である。

鶴ヶ谷団地を含む仙台市地域は過去震度五の地震は何度も経験しており、宅地造成を行うについては、震度五の地震により被害を生じないように配慮することは最低限必要であるところ、その場合の震度五には幅があり、この点、過去に経験した地震でも同様であるし、特に、軟弱地盤や盛土部分が地震の際、強く揺れ、被害が大きくなることのあることは専門家のレベルでは既に常識であり、この点は過去の地震でも同様であるから、過去の経験に基づいて、震度五に対する耐震性が求められる場合は、震度六に近いものも当然に想定されるべきである。

本件地震で鶴ヶ谷団地内の切土地盤の宅地はほとんど土地建物に被害が発生しておらず、切土部分における震度はせいぜい震度五であり、そうであれば、盛土の底の地山部分も切土部分と同じせいぜい震度五であり、震度六であるとは考えられない。

したがって、本件各宅地の地山部分は震度五であり、本件各宅地は震度五の地震動に耐えられずに亀裂や不等沈下を起こしたものであるから、本件各宅地は、震度五の地震に対する耐震性を欠いていたものであり、宅地として通常有すべき品質、性能を欠いているものである。

なお、当時、震度五の地震に応じた造成方法の明確な基準等が存在しなかったとしても、本件造成工事の際に必要とされていたものは、仙台地区で過去に発生し将来も発生する可能性のある規模の地震に対して、万が一にも地震で地盤が壊れることがないように造成することであり、このように瑕疵のない宅地造成を行う義務がある以上は、震度五の地震に対する配慮が当然必要とされていたはずである。もし、そうでないとすると、震度四でも震度三でも、基準が定められていなければ、地盤が壊れても責任がないことになりかねないのである。

(四) 本件各宅地が本件地震に耐えられなかった原因

(1) 鶴ヶ谷団地の造成は丘陵地の山頂部分を削った土で谷を埋めるという方法を採っているために、盛土部分の盛土材(以下「本件盛土材」という。)は現地発生土であり、全体的に砂岩及びシルト岩(粒子の直径が〇・〇〇五ミリメートルから〇・〇七四ミリメートルの土から構成される岩)で構成され、全体に凝灰質である。

鶴ヶ谷団地内の盛土地盤は、標準貫入試験の結果によるN値が、全体的に四ないし一〇程度のものが多く、値が不均一で、局所的に特に緩い箇所があり、卓越している(頻繁に出現する)N値六は、土質工学上、「緩い」か「極めて緩い」という範疇に入るし、深所ほど大きいN値が得られるはずなのに、上部で大きく、底部で小さいか、ほぼ一定でしかない。

本件盛土材が凝灰質であるため、締め固め作業によっても間隙比(土塊中の土粒子部分の容積に対する空気及び水で構成される間隙部分の容積の比で、間隙比が大きいと、圧縮されやすく、地震に対して非常によく揺れ、その後には永久変形が大きくなり、地震に弱い地盤となる。)が減少しにくく、盛土部分が土質工学的に全体として軟らかく(緩く)なっているのである。

土の乾燥密度(土塊の全体積に対するその土塊中の土粒子実質部分の質量の比)が小さいと間隙比が大きく圧縮性も高いところ、本件盛土材は、乾燥密度が非常に小さく、盛土材としては劣悪(少なくとも非常に注意を要する。)であった。

(2) 本件地震により鶴ヶ谷団地内の盛土地盤の宅地、とりわけ切盛境に被害が出た理由は、次のとおりである。

圧縮性の高い地盤であった盛土が地震により、深所から地表に至るまでに存在した緩い部分が圧縮し、それが累加され、その結果、地表面が下がるが、切盛境では切土部分は下がらず盛土の部分が下がるので、段差が生じる形となり、土地上の構造物が傾くなどの影響を及ぼすことになる。

盛土内では、盛土材の間隙比が大きく圧縮性が高いと、緩いから地震による振動が大きくなり、そのために局所的に弱い所がせん断されて締まるということが想定される。その場合、盛土中央部(盛土厚の大きい部分)は地盤が沈下することで建物が歪んだりする被害は出るが、建物の敷地全体が沈下する場合は被害が大きく出ないことがある一方、切盛境では盛土中央部の沈下量が大きいことに引っ張られる形で沈み、引っ張り亀裂が生じるなどして、その土地上の建物に大きな被害が出たものと考えられる。

地震による地盤被害は、震度やガル値に比例して発生するものではなく、ある一定の耐えられる力の値(降伏点)を超えた時点で発生することが普通であり、震度五の本件地震で、以前の震度四の地震で発生しなかった被害が出たことは何ら不自然なことではない。

(3) 本件盛土材の前記の性質を考えると、鶴ヶ谷団地の造成に際しては、劣悪な現地発生土を使わず、場外に運び出し、地山ばかりの団地にするとか、盛土材を替える必要があった。

また、本件盛土材が凝灰質であり、火山灰質を含むことから、乾燥密度が小さいものでも、乾かした状態で締め固めを行うと違う締め固め曲線が出てくる(乾燥密度の絶対値が上がる)ことになり、締め固まることが可能になるので、本件盛土材を使用するのであれば、少し乾き気味にして、タイヤローラーとか振動ローラーとか締め固め専門の機械で締め固めることが必要であるし、施工にあたっては、少なくとも盛土底面となる地表面の伐根と表土の除去、締め固め回数の規定などを工事仕様書に明記して丁寧な施工がなされるべきである。

しかるに、被控訴人は、本件造成工事において現地発生土をそのまま使用しており、また、その際に、土質の問題性に合わせた前記施工方法やより丁寧な施工は行っていないのである。本件造成工事においては、段切り工事(切土部分をひな壇状に掘削して、切土部分と盛土部分の密着を図る工法)の有無等争いはあるが、収去土の除去等を行っていないことは明らかであるし、工事仕様書も大雑把なものであるなど、土質の問題性に合わせた施工を行っていないことは明らかである。

そして、被控訴人は、本件造成工事の前に既に現在の水準とほぼ同じ程度の地質調査をしており、土質について乾燥密度が低く圧縮性が高いなどの認識は持っていたはずであるし、昭和三九年の新潟地震や昭和四三年の十勝沖地震を経験し、地震に際しては盛土地盤が地震に弱く、切盛境が地震の際に危ないなどの認識も当然に持っていたはずである。

また、宅地造成工事に関して土質に合わせて危険の少ない地盤を造り、あるいはその地盤上の建物の被害を抑えるための知識や技術等地盤工学のレベルにおいても、本件造成工事の当時も現在と比べてそれほど低くはなかったはずである。

(五) 宅地造成における技術的限界及び経済性と瑕疵担保責任

本来、技術的な限界や経済性は、宅地造成の場合に安全性を無視して優先されるべき問題ではなく、生命、身体や財産の防衛手段として必要不可欠なものとして生み出されるものならいざ知らず、商品として生み出される宅地造成に関しては、技術的な限界や経済性があるから安全性はその範囲内でいいということはできないのであり、それにもかかわらず、安全性の不十分な商品を造り出してしまったのであれば、瑕疵担保責任が問われるべきである。

(被控訴人の主張)

(一) 造成宅地の販売における一般的態様

造成宅地の販売において、切土地盤の宅地と盛土地盤の宅地を区別して販売することは、現在でも一般的に行われていないし、不動産鑑定評価の基準にも、宅地がその地盤が切土か盛土等かで価格差を生じさせる基準はなく、また、宅地建物取引業者の行うべき重要事項の説明にも、右の区別は含まれていない。

したがって、問題とすべきは、盛土地盤自体について、宅地として通常有すべき品質、性能を有していたかどうかである。

(二) 本件各宅地の品質、性能

本件各宅地は、本件地震による外力には耐えられなかったものの、次のとおりの事情に照らし、将来その地域で通常発生する可能性が経験的に予測される規模の地震、すなわち震度五程度の地震には耐え得る強度を有し、宅地として通常有すべき品質、性能を有していたものである。

(1) 本件盛土材の適否

本件盛土材の間隙比は、〇・九八から一・六五であり、文献上の砂質土の間隙比と概ね一致しており、理想的な部類に属する盛土材の間隙比に比べて劣るが、盛土材として使用に耐え得る標準的な土質であることを否定すべき根拠は何ら見い出し得ない。

(2) 本件造成工事の施工方法の適否

本件造成工事は、当時の宅地造成等規制法の諸基準に適合し、工事仕様書に従ったものであり、右造成工事は、地質的、土質的条件に適合するような表土除去、段切り、転圧、盛土厚管理、密度管理などを十分に行い、当時の宅地造成にあっては模範的な造成工事といわれる程度のものであり、本件各宅地は、同規制法の基準に合致しているものであったことは勿論、通常の造成地に比べてより程度のよい造成宅地であった。

本件盛土材については、締め固め度(室内試験により土を一定の仕事量で含水比を変えて締め固めた場合に最大となる乾燥密度に対する現場の土の乾燥密度の比)が高く、標準的な土質について適切な締め固めが行われている。

鶴ヶ谷団地内の盛土地盤の標準貫入試験によるN値が全体的に六であるとした場合、砂の締まり状態を表現する相対密度区分では「緩い」に属するが、右の相対密度の判定は、地山など自然地盤を含めて評価の対象とするものであるから、これをそのまま造成地盤の評価とすることは妥当でない。

本件盛土地盤の平均N値は、全体で一一・四二であり、宮城県内の他の造成団地と比較しても、優越し、そうでない場合も同等のレベルにあり、必要な地耐力を有している。

(3) 本件地震以前の地震による影響

本件盛土地盤は、本件地震以前の数回の震度四の地震に耐えている。

(三) 本件地震の強さと造成工事における基準等

本件地震の強さは、烈震といわれる震度六に近いものであり、経験的に発生が予測された規模を超える地震であった。

そして、本件造成工事当時、このような大きさの地震に対する耐震性について、如何なる調査をし、如何なる工法を採るべきかについて明確な基準ないし経験則は存在しなかった。

したがって、本件地震により本件各宅地に控訴人ら主張の被害が発生したとしても、これをもって、宅地として通常有すべき品質、性能を有していなかったとはいえないものである。

2  損害

(控訴人らの主張)

本件地震により本件各宅地の瑕疵が顕在化し、本件各宅地及びこれを敷地とする各居宅に前記のとおり、それぞれ被害が発生し、次のとおり、本件各宅地について、瑕疵が顕在化したことにより、近隣の同程度の土地(一平方メートル当たり単価金八万円)よりも平均一割程度価格が減少したことによる損害、並びに各居宅について、その修補等に要する費用(修補期間中の借家賃料、移転費用を含む)のうち本件各宅地の瑕疵と相当因果関係にある七割相当の損害がそれぞれ生じた。

控訴人らは、それぞれ被控訴人に対し、当該損害相当金及びこれに対する本件各宅地の瑕疵が明らかとなった日以降である昭和五四年七月一日から各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

なお、亡大久保貫一の居宅関係の損害は、同人所有宅地上の控訴人大久保吉記所有の居宅が被害を受け、亡大久保貫一が控訴人大久保吉記に対し負担した損害賠償債務に相当する損害である。

(一) 控訴人片桐久 七二五万円

(1) 土地の価格の減少分 二二〇万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 五〇五万円

仙台市宮城野区鶴ヶ谷《番地省略》 所在 二階建居宅

(二) 亡大久保貫一 五四六万円

(1) 土地の価格の減少分 二〇一万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 三四五万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在 二階建居宅

(三) 控訴人新野勝之 六三三万円

(1) 土地の価格の減少分 二四八万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 三八五万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在二階建居宅

(四) 控訴人伊藤信 六一三万円

(1) 土地の価格の減少分 二三五万円

(2) 居宅の修補費用の七割分 三七八万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在二階建居宅

(五) 控訴人伊藤昭志 六一五万円

(1) 土地の価格の減少分 二二一万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 三九四万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在二階建居宅

(六) 亡石井清 六八八万円

(1) 土地の価格の減少分 二二六万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 四六二万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在二階建居宅

(七) 控訴人小田島善七 六九三万円

(1) 土地の価格の減少分 二三八万円

(2) 居宅の修補費用の七割相当分 四五五万円

同市同区鶴ヶ谷《番地省略》所在二階建居宅

(被控訴人の主張)

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(隠れたる瑕疵)について

1  鶴ヶ谷団地の造成前の地形等と同団地内の分譲宅地の販売態様等について

(一) 鶴ヶ谷団地の旧地山は、仙台市北東部に位置する丘陵地帯であって、その頂上部分はそろっているところ、東西尾根に源を発する谷、沢がほぼ南北に樹枝状に発達し、南北系と東西系の谷、沢が合流して通称「ひょうたん沼」に注ぎこみ、谷の壁は割合急斜面となっているが、標高差二、三十メートルのU字形をした平らな谷底を形成していて、現在の平坦地形からは考えられないほど起伏に富んだ地形となっていた。

本件造成工事は、都市計画事業として新住宅市街地開発事業の適用を受けて、右のような地形の土地の丘陵部分を切り取り、これを盛土材として谷系を大規模に埋め立てて、約一七七ヘクタールの面積の住宅地を造成した。

このような経過で、鶴ヶ谷団地内の個人用分譲宅地約二四〇〇区画は、全部切土地盤の宅地、一部切土・一部盛土地盤の宅地、及び全部盛土地盤の宅地の地盤の性質が異なる三様の宅地に分かれた。

鶴ヶ谷団地の地山の地質は、ほぼ水平な砂岩層を主体とする七北田層とシルト岩層との互層で、砂岩層は中硬質の浮石質砂岩と軟質な砂岩の二層に大別でき、構成比は半々である。

なお、鶴ヶ谷団地内の分譲宅地の地下地山部分の標準貫入試験によるN値(重量六三・五キログラムのハンマーを七五センチメートル自由落下させ、標準貫入用サンプラーを地盤中に深さ三〇センチメートル打ち込むのに要する打撃回数、すなわち地盤の硬軟の程度を示す値であり、N値が大きいほど硬い地盤である。一般に一〇以下の地盤は宅地地盤としては不適当であり、建物杭の支持地盤となるのはN値三〇以上といわれている。)は五〇以上である。

(二) 被控訴人は、鶴ヶ谷団地内の個人用分譲宅地について、道路、緑地、公園、上下水道等の公共施設はもちろん、文教、医療、購買施設等を計画的に配置し、交通機関も市営バスを団地内に循環させるなどして利便を図り、健全な市街地としての形を整え、居住環境の良好な近代的住宅地として販売し、その際、この丘陵地の宅地造成の経過や、地盤の性質を異にする三様の分譲宅地に関する説明や資料提供はなさず、また、宅地の価格に右地盤の相異を反映することなく、外観上は同種地盤の宅地として、建築条件付き及び買戻特約付で販売した。

本件買主らは、本件各宅地が右のような地盤で構成されていることについて全く知らないまま、本件各宅地を購入し、それぞれ本件各宅地を敷地として木造の本件各居宅を建築し(亡大久保貫一購入の宅地上には控訴人大久保吉記が建築した。)、同所に居住していた。

2  本件各宅地における控訴人ら主張の瑕疵の顕在化について

前記の経過で本件買主らが本件各宅地に居住していたところ、本件地震が鶴ヶ谷団地等を襲い、全部が盛土地盤あるいは一部切土・一部盛土地盤で構成される本件各宅地について、別紙「被害の概要」記載のとおり、それぞれ一ないし数箇所の亀裂と一部地盤の沈下が発生した。このため、本件各居宅にも、基礎及び壁面の亀裂、接合部分の分離、柱及び壁面の歪み、床面の部分的な沈下、隆起等の被害が生じた。

3  耐震性に関して、本件各宅地が通常有すべき品質、性能について

本件各宅地について生じた前記の亀裂及び地盤沈下の被害は、本件買主らが日常生活を送るうえでの安全と平穏を大きく害するものであり、宅地の使用収益に障害を生じる程度のものであることは明らかである。

本件各宅地は、本件造成工事により造り出された売買対象物の人工物(人工地盤)であるから、外力に対して一定の強度を有しなければならないことは当然であり、このことは自然現象としての地震による外力についてもいえるから、本件各宅地に前記の亀裂及び地盤沈下が発生して本件地震に耐えられなかったということが、耐震性に関して、通常有すべき品質、性能を欠いていたものといえるかどうかについて検討すべきこととなる。

(一) 前記1で認定した経過に照らすと、本件各宅地の購入は、盛土地盤の宅地として購入されたものではなく、切土地盤で構成される分譲宅地を含めて全ての分譲宅地がほぼ同程度の耐震性を有するものであるとの前提で販売され購入されたものとみることができる。そして、次の事実に照らし、本件各宅地は、全部が切土地盤で構成される宅地に比べて、その耐震性において、明らかに劣るということができる。

(1) 本件地震による鶴ヶ谷団地の宅地の被害の状況をみるに、被害の発生箇所は、亀裂(地割れ)、地盤沈下による宅地破損件数一五五件中一四八件(約九五パーセント)が盛土地盤で発生し、そのうちの一一八件(約七六パーセント)が切土と盛土の境界付近(以下「切盛境」という。)に近接した盛土厚二ないし四メートルの盛土地盤に集中しており、切土地盤や盛土地盤中央部(盛土厚約五メートル以上)では、一部に局所的沈下やブロック塀の崩壊がみられるが、他の地域に比べれば被害は少ない。被害状況のうち、目立つものは、ブロック塀及び右積塀の倒壊と地盤の亀裂であるが、右亀裂は、旧沢方向とほぼ平行するものが目立ち、一〇〇メートル程度連続しているものもあり、数多くの断続的な亀裂をつなぎ合わせると、ほぼ旧沢と同様な形となる顕著な特徴を示している。亀裂の深さは、地下二メートル程度まで追跡できるものもあるが、岩盤に及んではいない。

(2) 控訴人片桐久は、昭和四五年一二月に前記宅地上に木造二階建の居宅を建築したが、その二、三年後から居宅の戸柱が沈み、窓枠が歪む異常がみられるようになり、同宅地の東側部分の沈下に気付くようになった。

右盛土地盤についての標準貫入試験の結果によるN値は、平成四年一一月の時点においても、全体的に二ないし一〇であり、平均して五・五である。

(3) 本件地震後の昭和五三年七月から昭和五四年三月三一日にかけて株式会社復建技術コンサルタントにより実施された鶴ヶ谷団地盛土箇所地質調査の結果によると、盛土地盤の特徴が次のとおり認められる。

盛土材の構成は、全般的には砂岩及びシルト岩の岩片を三〇ないし五〇パーセント混入する砂質土系が主で、全体的に凝灰質(砂岩の基質中に火山ガラスを含むもの)である。現地発生材を使用しているために地域的なばらつきも少しあり、東側の七丁目付近ではシルト岩片を主として含有し、全体に粘性土に近い土質である。

盛土地盤についての標準貫入試験(九箇所)及びスウェーデン式サウンデング(一八箇所)により得られたN値は、全体的には四ないし一〇程度(このうち、六が最も頻度が高い)で、「緩い」から一部「中位」の相対密度を示している。盛土地盤の上層部分と深層部分でN値の差がほとんどなく、局部的には三程度の極めて緩い部分があり、また、岩盤との境界部には、〇・五メートル程度の旧表土(腐植土)があり、N値四ないし六を示している。なお、急傾斜している地山部分で一部段切りが行われていない疑いがある。

(4) 鶴ヶ谷団地以外の仙台市丘陵地における造成地で本件地震により亀裂、沈下、崩壊の被害が発生した地盤についての標準貫入試験によるN値の状況をみてみると、鶴ヶ谷団地より宅地造成年代が古い緑ヶ丘団地、北根、黒松団地では二ないし三が、南光台団地では三ないし四が、右の年代がほぼ鶴ヶ谷団地と同じである双葉ヶ丘団地では六がそれぞれ最も高い頻度で出現しており、一〇を下回る数値が最も高い頻度で出現するという傾向において、鶴ヶ谷団地と類似している。

なお、本件地震による墓石倒壊率が高く、大きな建造物の被害が発生し、通常時の地盤沈下も指摘されている仙台市の沖積層地帯は、その地表直下に発達する粘土や砂の部分の標準貫入試験のN値が〇から一〇の間の数値を示し、典型的な軟弱地盤であると指摘されている。

(5) 本件地震により本件各宅地の盛土部分に発生した亀裂の物理的原因を考えるに、土の特性である不均質性、異方性及び非線型性のゆえに、地震に対する応答が複雑であり、力学的なしくみを正確に把握することは困難であるが、右の亀裂は、前記認定のとおり、切盛境に近接し、盛土厚二ないし四メートルである盛土地盤に、樹枝状の旧沢方向とほぼ平行する形で特徴的に発生していること、及び右の亀裂には地盤沈下がともなって発生していることなどに照らすと、本件地震により複雑な形をした盛土部分全体が揺れその深部に向けて沈下(最深部から地表に至るまでに存在した緩い部分が圧縮され、それらが累加されて発生する沈下)が起こり、深部から離れたところの盛土の厚さが薄い部分についても全体的に深部に向かって引っ張られることになるが、その中でも切盛境から盛土の厚さがある程度薄い部分までは、締め固めにより盛土材相互の結合が比較的強かったり、地下の地山部分との一体性がより強いために、深部に向けて引っ張られた盛土の厚い他の部分と乖離することがあり、この結果亀裂が発生したものと考えられる。いずれにせよ、本件地震により盛土地盤の軟弱性から発現する劣性的現象と認められる。

(二)(1) 次に、地震動の強さとの関係で、本件各宅地が一般的な造成宅地としてはどの程度の耐震性を備えることが要求されるかという点について検討するに、造成宅地は通常、買主が遠い将来にわたって居宅の敷地として利用する目的で購入する商品であり、売主においてもこのことを前提にして売り渡す商品である。このことは本件各宅地についても同様であるから、購入当時、それまでに本件各宅地及びその周辺の当該地域で発生した地震の回数、頻度、震度等からみて、将来、当該地域で通常発生することが経験的に予測できる程度の強さの地震について、買主の購入の際の合理的意思に反しない程度の強さの地震に対しては、これに耐え得る程度の耐震性を備えていることが要求されるとみるべきである。

仙台において、気象官署が観測を開始した翌年の昭和二年(一九二七年)から昭和五二年(一九七七年)までの五一年間に生じた有感地震の震度別回数は、気象庁が判断したところによれば、気象庁震度階による震度一が五八一回、震度二が二八二回、震度三が九〇回、震度四が一八回、震度五が五回、震度六が零であり、本件買主らが本件各宅地の購入を開始した昭和四四年(一九六九年)までには、震度四の地震は一二回、震度五の地震は五回観測されている。

右の震度は仙台管区気象台において、同気象台担当者が人体感覚や構造物、自然物の地震動に対する反応などを右震度階に従って判定したものであるところ、震度三以上の気象庁震度階(平成八年三月三一日までの震度階)は別紙「気象庁震度階」のとおりである。

右によれば、仙台においては、本件各宅地購入時までに、三、四年に一回程度の割合で震度四の地震が、およそ一〇年に一回程度の割合で震度五の地震がそれぞれ発生する可能性があったものと一応いうことができるところ、右の地震の発生回数及び地震動の強さ、及び購入者の合理的意思に照らすと、本件各宅地が、震度四の「家屋の動揺が激しく、すわりの悪い花びんなどが倒れ、器内の水があふれ出る」程度の地震動にさえ耐え得ることができないものであれば、通常取引の対象たりえないし、また、震度五の「壁に割目が入り、墓石、石どうろうが倒れたり、煙突、土蔵、石垣などが破損する」程度の地震動に耐え得ることができないものであれば、そのような宅地に居宅を建築した場合、生命、身体、財産に対する安全性が保たれないものとして、通常の取引価格による取引対象にはならないものというべきである。

そうすると、本件各宅地について、一般的な造成宅地として販売する場合には、震度五の程度の地震動に対し、地盤上の建築物に軽視できない影響を及ぼすような地盤の亀裂、沈下などが生じない程度の耐震性を備えることが要求されているとみるべきであり、右の程度の地震動により本件各宅地に亀裂等が発生するなどしてこれに耐えられなかった場合には、本件各宅地は、一般的な造成宅地としても通常有すべき品質と性能を欠いていると解すべきである。

(2) そこで、本件地震が本件各宅地に及ぼした地震動の強さについて検討することとする。

① 本件各宅地の耐震性との関係で考慮すべき本件地震の強さの程度は、本件地震により本件各宅地が受けた地震動の強さであるから、本件各宅地及びその近隣、すなわち鶴ヶ谷団地において発生した被害などの現象やそこに設置した強震計が計測した最大加速度の数値などを総合して判定することが適切というべきところ、本件地震発生時に右の場所に強震計は設置されていなかったのであるから、発生した被害などの現象を総合して判断する必要がある。

鶴ヶ谷団地では、本件買主らの各居宅を含めて家屋倒壊のような甚大な被害はなく、家屋の被害は基礎及び壁等の亀裂、歪みなどがその内容のものであり、その他は、前記認定のとおりの内容のものであって、盛土地盤での亀裂、地盤の種類を問わないブロック塀等の倒壊の被害が目立つにすぎない。

本件買主らの居宅で発生した物理的現象も、地盤の亀裂、沈下及び壁、柱等の亀裂、傾斜等の異常が発生したほかは、控訴人片桐久宅では、片桐京子が足を取られ転倒したこと、台所の棚に載せていたものが倒れたこと、控訴人新野勝之宅では、テレビ一台が倒れ、高く積み上げていた食器が崩れたこと、自宅にいた同人は強い揺れを感じたが、居宅が極端に動いたとの記憶は有していないこと、近所の家では家財道具がほぼ全部倒れた家と倒れた物がほとんどない家があったこと、控訴人伊藤昭志宅では、庭の石どうろうが倒れたこと、石井清宅では、食器棚、本棚、ガラス棚及びタンスが倒れたこと、以上のようなものであった。

② 気象庁(仙台管区気象台)は、昭和五三年六月一二日午後五時六分に発生した前震(震度二)と同時に非常体制のもとに警戒網をしき、管区内の各気象台、測候所とも情報を交換した。同日午後五時一四分本件地震が発生し、仙台の震度を五と観測し、仙台における地震気象と観測結果から前震とほぼ同一地域の地震と考え、震源を宮城県沖と推定した。入電電報によりマグニチュードは七以上と推定し、同日午後五時二一分東北地方の太平洋沿岸に津波の警報を発表し、次いで同日午後五時三三分、地震津波情報第一号により本件地震の発生と仙台の震度が五であると発表し、その後同日午後六時四〇分、地震津波情報第四号により本件地震のマグニチュードを七・五と推定し、宮城県内で被害(死者、倒壊家屋、火災、崖崩れ)が発生した旨発表し、同日午後八時三五分、地震情報第六号により仙台、石巻等における本件地震の震度を五と発表した。

本件地震の震度が五との判定はその後も維持されている。

③ 前記①及び②の事実を総合すれば、本件地震が本件各宅地に及ぼした地震動の強さは、「壁に割目が入り、墓石、石どうろうが倒れたり、煙突、土蔵、石垣などが破損する」程度であって、気象庁震度階の震度五に相当する強さというべきであり、「三〇パーセント以下の家屋が倒壊し、山崩れが起き、地割れが生じ、多くの人々が立っていることができない」程度には達していなかったというべきである。

なお、本件地震による仙台市内での被害は、全壊家屋七六九戸、半壊家屋三四八一戸に達し、その他、道路、橋梁、河川などの公共土木施設、交通施設、上下水道施設、ガス施設、電力、通信施設などに著しい被害が発生したものであり、また、仙台市内の各所に設置された強震計による南北方向の最大加速度の計測の結果は、東北大学(SRC造九階建、市内青葉山)では一階で二四〇ガル、九階で九八〇ガル、住友生命ビル(SRC造一八階建、仙台駅前)では地下二階で二五〇ガル、九階で五二〇ガル、一八階で五五三ガル、国鉄仙台管理局(RC造六階建、仙台駅前)では地下一階で四三二ガル、七十七銀行本店(S造一四階建、市内中心部)では地下一階で二九五ガルであり、仙台で震度四と観測された昭和五三年二月の地震の際の同様の計測の結果(東北大学の一階で一七〇ガル、住友生命ビルの地下二階で一〇五ガル、七十七銀行本店の地下一階で九八ガル)に比較して大きく上回っている。

しかし、地震による被害の程度は、地震が地盤に及ぼす影響を受ける度合いが当該地盤の性質及び地形により異なること、及びその地盤に設置された構造物が受ける影響もその構造物の性質により異なり、地盤等の特性と構造物の特性により左右されるものと考えられることから、単純に他所での被害の大きさから当該地盤における地震動の強さを推測することは相当でなく、現に、本件地震による仙台市内の被害は、地盤が堅固であるといわれている仙台の旧市街地は少なく(旧市街地の西部の地域では、一般家屋の棚の上の物で、他の所では当然落下しておかしくない物が落下しなかったり、老朽化した家屋でさえ、ほとんど変化をみることができなかったり、多くの寺で墓石等は転倒しなかった。また、仙台市駅前通りや同市名掛町には、自動販売機が多数設置されていたが、転倒した自動販売機は少なかった。)、同地域を除く周辺地域(特に一般住宅の被害は、沖積層や泥炭層などの軟弱地盤といわれる地域で多く発生した。)及び住宅造成団地に集中しているという顕著な差異が存在する。

また、強震計により計測された最大加速度の値は、地震動の強さをみる客観的資料ではあるが、その値も強震計の設置された構造物の位置する地盤とその構造物の性質によっても影響を受けるものであり、現に前記の各強震計の値も近接地域内における類似の構造物内での計測も含まれているのに、相当程度、差異があり、また、最大加速度の値が大きいのに、前記旧市街地の揺れ方は、これに対応していない。さらに、前記各強震計が設置された建物が位置する地域の地層と本件各宅地がある地域の地層がその特質において共通性を有するわけではない。

したがって、本件地震により他所で大きな被害が出たことや強震計によって大きな最大加速度が計測されたことは、本件各宅地における地震動の強さには直接に結びつくものではなく、本件各宅地における地震動の強さについての前記認定を左右するものではない。

次に、原審鑑定人小林芳正の鑑定の結果中には、鶴ヶ谷団地における本件地震の震度について、鶴ヶ谷小学校の校庭における液状化現象からみると震度五の後半であるとの見解やまとめの見解として震度六が示されているが、同鑑定人は、当審において右の見解を改めて、震度は切土部分で五の弱であると考えると証言しているし、鶴ヶ谷小学校の校庭において液状化現象が発生したものかどうかについては、これを裏付けるに足りる確たる資料(例えば、当該部分を掘削して地盤の具体的状態を観察した資料など)は提出されておらず、かつ、液状化現象は震度五の後半以上の強さの地震により発生するとの法則が学問的に指示されているとの資料はないから、右鑑定における見解の存在は、前記認定を左右するものではない。

また、原審証人中川久夫の証言中には、本件地震の震度が六に近いとの趣旨の証言があるが、一方、学者同士で本件地震の震度が議論されても、震度五であるとの結論は動くことはなかったとか、震度は地域によって非常に異なるものであるとも証言しているものであるから、前同様に前記認定を左右するものではない。

さらに、《証拠省略》等の中には、主にアンケート調査に基づく知見により仙台周辺では震度六と考えてよい場所があったとか、強震計による最大加速度の数値や家屋の被害状況から震度六とみなす方が妥当であるとかの研究者の見解も記されているが、いずれも本件地震の全体像としての震度の大きさについて、見解を示したものであり、鶴ヶ谷団地で発生した被害等の具体的な事象に基づいて示された見解ではないし、鶴ヶ谷団地における地震動の大きさと関連付けて示された見解でもないから、これまた、前記認定を左右するものではない。

(3) そうすると、本件各宅地は、震度五の震度階に対応する「壁に割目が入り、墓石、石どうろうが倒れたり、煙突、土蔵、石垣などが破損する」程度の強さの地震動に耐え得る耐震性を有していなければならないところ、本件各宅地は、右と同程度の強さの地震動を受けて、これに耐え得ることができず、前記2で認定のとおり、地盤の亀裂及び沈下が発生したものである。

(三) 以上、(一)及び(二)で検討した結果によれば、本件各宅地は、耐震性において、通常有すべき品質、性能を欠いていたもの、すなわち、「隠れたる瑕疵」が存在するものといわざるを得ない。

なお、被控訴人は、本件造成工事当時、本件地震のような大きさの地震に対する耐震性について、如何なる調査をし、如何なる工法を採るべきかについて明確な基準ないし経験則が存在しなかったから、本件各宅地は通常有すべき品質、性能を有していなかったとはいえないと主張するが、右のような明確な基準ないし経験則が存在しなかったとしても、そもそも本件造成工事は、事前に地質調査(鶴ヶ谷団地造成管理に伴う境界築堤地質調査)も行い、宅地造成等規制法の下に、前記1のとおり、相当に広い範囲で人工地盤を造成するために実施され、盛土工事等の各工事については、重要点について概括的に工事要領を記載した工事一般仕様書が基準となって施工されているところであるし、仙台においては多数回にわたり相当規模の地震の経験があることは前記3(二)のとおりであるうえ、昭和三九年六月の新潟地震や昭和四三年五月の十勝沖地震では、埋め立てて造成した宅地や家屋に大きな被害が出たことは広く知れ渡っていたのであるから、被控訴人において、宅地の地盤沈下や崩壊などが発生しない強度を念頭に本件造成工事にあたっていたはずであるし、また、そうでなければならない。そうであれば、本件造成工事においては、地山部分の伐開、除根、雑草等の除去や傾斜部分の段切りを十分に行い、締め固め専門機械による転圧や転圧回数の増加などにより、締め固め度合いなどを高めて造成宅地の地盤をより強固にして耐震性を高めることは、物理的には可能であったとみるべきである。そうであれば、被控訴人が主張する明確な基準ないし経験則が存在しなかったことをもって、本件地震に対する耐震性に関し、本件各宅地が通常有すべき品質、性能を有していなかったとはいえないとする論理は、売主の過失は問わない瑕疵担保責任の性質上、採用することはできない。

また、経済面での制約から、同様の結論を導こうとする論理も、売買における瑕疵ある物の給付と正常な物の対価としての代金支払いという反対給付との間での不権衡を是正するために存在する売主の瑕疵担保責任の制度の趣旨に鑑みて、到底首肯できるものではない。

二  争点2(損害)について

1  本件各宅地は、前記認定のとおり、「隠れたる瑕疵」により、本件地震の地震動に耐え得ることができず、別紙「被害の概要」記載のとおりの被害が発生しているところ、控訴人らは右瑕疵による損害を本件各宅地の価格減少分と本件各居宅についての修補等に要する費用(七割相当分)と捉えて損害賠償を請求しているが、民法五七〇条による売主の瑕疵担保責任は、売買の目的物に一部原始的不能と評価される劣性部分がある場合に、契約の有償性に鑑みて公平ないし買主保護のために売主の過失の有無を問わずに認められた一種の無過失責任であるから、損害の範囲は、買主が目的物の瑕疵を知っていたなら被らなかったであろう損害、すなわち、信頼利益に限ると解すべきであり、そうすると、控訴人らが主張する本件各宅地の価格減少分は、本来、買主が瑕疵のない宅地の給付を受けたことを前提にしてこれを他に転売した場合を想定して、瑕疵ある宅地の転売価格との差額を損害として評価するものであることに帰着し、すなわち、履行利益に相当する分であり、信頼利益ではないから、瑕疵担保責任による損害賠償の範囲には入らないと解すべきである。

一方、控訴人らが主張する本件各居宅についての修理等に要する費用は、買主が宅地の瑕疵を知っていたら、宅地を購入して一般的な工法により居宅を建築するという行動は避けて、他の行動を選択して修理費用等の支出は免れることのできた損害と評価し得るから、信頼利益の範囲に入るものと解される。

2  控訴人らが主張する本件各居宅についての修補費用等については、具体的な資料を提出しておらず、右の資料に基づいて具体的な金額を算定することは困難であるが、前記認定の被害の概要、《証拠省略》によれば、本件各居宅について発生した被害回復のための費用等が、次のとおり算定される(詳細は、別紙「修補費用等一覧表」記載のとおり。)。

(一) 修補費用

本件各居宅について、基礎の補強及び軸組の補強、土台、桁、梁など横架材の水平補正、建具調整、外装及び内装の修補、給排水、衛生及びガス等の供給処理設備の修補が必要であり、これらに要する費用は本件各居宅の再調達原価の三割に相当する金額である。

なお、本件各居宅の被害の程度には差異が認められるが、右の修補費用の算定方式は再調達原価を基数とする予測的な概数であるから、本件各居宅について、一律な割合を乗じることが公平である。

(二) 経済的残存耐用年数短縮による経済的損失

本件各居宅には本件地震による被災により経済的残存耐用年数が短縮したことによる損失が発生し、これは本件各居宅の再調達原価を基数にして、通常の残価率から被災後の残価率を控除した残価率を乗じた金額となる。

なお、前記(一)と同様に、本件各居宅の被害の程度には差異が認められるが、右の経済的残存耐用年数は、居住者の心理的要因が考慮される居宅の効用の喪失の評価であるから、本件各居宅について、一律なものとすることが公平であり、被災後一〇年とみることが相当である。

(三) 特殊基礎工事費

本件各居宅を建て替えする時点で、被災の経験に基づいて、特殊基礎工事を施す必要があり、これらに要する費用は、敷地面積の五割に相当する面積に標準工事単価一平方メートル当たり七五〇〇円を乗じて、これに被災後の経済的耐用年数に対応する複利現価率を乗じた金額である。

3  以上の算定を基に、さらに、本件地震の地震動の強さや切土地盤上の居宅にも被害が発生していることなどの諸般の事情を考慮すれば、本件各居宅には、本件地震の地震動そのものにより被害が発生している部分があること、すなわち、本件各宅地の瑕疵とは相当因果関係にない被害が発生している部分があることが認められるから、前記(一)及び(二)の部分については、その七割を本件各宅地の瑕疵と相当因果関係にある部分と認め、控訴人らの損害を次のとおり算定する。

(一) 控訴人片桐久 三四九万六〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 二九二万六〇〇〇円

(二六三万円+一五五万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 五七万円

(二) 亡大久保貫一 二二三万八〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 一七〇万八〇〇〇円

(一五三万円+九一万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 五三万円

(三) 控訴人新野勝之 三一〇万円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 二四五万円

(二二一万円+一二九万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 六五万円

(四) 控訴人伊藤信 二八四万六〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 二二二万六〇〇〇円

(二〇五万円+一一三万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 六二万円

(五) 控訴人伊藤昭志 三一九万八〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 二六一万八〇〇〇円

(二三六万円+一三八万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 五八万円

(六) 亡石井清 二一八万三〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 一六〇万三〇〇〇円

(一四三万円+八六万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 五八万円

(七) 控訴人小田島善七 三九二万四〇〇〇円

(1) 修補費用及び耐用年数短縮の経済的損失 三三〇万四〇〇〇円

(二九八万円+一七四万円)×〇・七

(2) 特殊基礎工事費 六二万円

三  結論

以上の次第により、控訴人らは、本件各宅地の売買契約にかかる瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づいて、被控訴人に対し、それぞれ、次の賠償金元金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年九月六日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるというべきである。

(一)  控訴人片桐久 金三四九万六〇〇〇円

(二)  控訴人大久保すゐ 金一一一万九〇〇〇円

同大久保吉記 金二二万三八〇〇円

同佐藤節子 右同

同大久保浩二 右同

同畠山かず子 右同

同三浦俊雄 右同

(三)  控訴人新野勝之 金三一〇万円

(四)  控訴人伊藤信 金二八四万六〇〇〇円

(五)  控訴人伊藤昭志 金三一九万八〇〇〇円

(六)  控訴人石井松子 金一〇九万一五〇〇円

同今野喜子 金二七万二八七五円

同石井清子 右同

同石井久子 右同

同石井健蔵 右同

(七)  控訴人小田島善七 金三九二万四〇〇〇円

そうすると、控訴人らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

したがって、これと一部異なる原判決は相当でないから、これを右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六五条一項、六四条、六一条を、仮執行の宣言について同法三一〇条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 喜多村治雄 裁判官 小林崇 片瀬敏寿)

〈以下省略〉

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